患者個人のいろいろな背景によっても異なるのは当然ですから、性・年齢・職業などの違い、それに一般市民と癌の検診を受けている人、すでに癌になっている人、手術後の癌患者などで当然答えが違うはずで、現実には人を見て法を説かねばならないことはいうまでもありません。しかし人を見て法を説くにしても、医者が患者に病気についての真実を告げるべきものかどうかについての「原則」を確立しておくことは、医療における正しい人間関係のためにどうしても避けることのできない重要な課題であると考えます。重症患者は真実を知らない方が幸福であるという考え方が、医者の間にも一般市民の間にも確かに存在するようです。重篤な状態に陥ったり高齢になると、意識が失われたりボケたりするのはむしろ神の摂理であると考えるわけです。また、「医学に素人である患者にどれほど言葉を尽くして説明しても、バランスのとれた過不足のない理解を期待することは不可能だから、完全な情報公開ということは医療の場では幻想にすぎない」という人もいます。説明を果して正しく理解していたかどうかを調査した報告が数多くありますが、たとえばアメリカで行われたある利尿剤と強心剤の無作為化試験の場合、詳しく説明した二時間後に理解度を試験したところ、正解二八%、三ヵ月後では四%にすぎなかったといいます。また、真実を告げて理解させるということは大変な時間をくう仕事で、忙しい医者の手にあまるとする立場もありましょう。