1975年に法律化した〈連邦証拠規則〉の科学的証言のための基準はフライ基準より緩かった。各裁判所は好き勝手にフライを採用したり、連邦証拠細則を採用したりした1897年の最高裁判所の〈尋ねず、言わず〉主義とフライ判決の共通点は、どちらも、証拠容認性を備えた、信頼に足る科学的証拠をいかに定義づけるかという実質的問題に正面からまともに取り組むのを避けた点だ。しかし、フライは非常に優れた代用品を提案することでその問題をかわした。フライの基準では、信頼に足る科学であるかどうかは、科学界で一般に行われる方法を通じて決められた。すなわち、ピア査読と出版、批判、追試研究、そして最も大事なことだが、将来の結果をどれくらい確実に予見できるかという信頼性によって決められた(このようにフライ裁判で表現されたわけではなかったが、結果的にそうなった)。1975年になると、新しいく連邦証拠規則〉(FedralRulesofEvidence)がフォード大統領の承認を受けて法律となった。連邦裁判所に証拠を導入するこの詳細な連邦規則には、科学的証言のための基準が盛り込まれているが、有効性の条件は含むものの、科学界で一般に受容されるための必要条件は除外されている。フライより緩いこの新規則がフライにとって代わるかどうかははっきりしなかった。フライを採用した裁判所もあったし、〈連邦証拠規則〉を採用した裁判所もあれば、好き勝手に決める裁判所もあった。このように裁判所はそれぞれこの問題に対し無秩序な姿勢をとりつづけ、一方では、製造物責任訴訟は急速に増えつづけ、科学者自身も自分の分野における急速な進歩に遅れないようについていくのがむずかしい時期になっていた。
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