ブランドを後押しするシャネラー、ダッチャー

2011.04.07

今振り返っても、全身をシャネルやダッチのブランド品でまとめたシャネラー、ダッチャーは不思議な存在だ。泉ピソ子や松田聖子のような芸能人だけではなく、一般人の中にも成金趣味の極みのようなシャネラー、ダッチャーが現れては、スポットライトを浴びていたし、フェンディブランドをまとったフェソディストという新種も出現した。この奇妙な造語を流行させたのは、またしても『JJ』だ。「シャネラー」という言葉自体は、関西地方の一部の女子大生の間で使われていた言葉だった。それを『JJ』は全国区にした。一九九四年八月号でシャネル好きの大学生を「シャネラー」として紹介し、同時に、シャネラレ翌月からは全国から続々と自称シャネラーが名乗りをあげ、誌面に登場するようになり、シャネラーがいるなら、ダッチはダッチャー、フェンディはフェソディストと名づけられて、ブランド尽くしの女性たちで誌面が覆われるようになる。見るからに原価が安そうな黒いナイロン地のバッグに三角形のタグがついたプラグのバッグが街なかに急増したのも、ブランド品が大好きな梅宮アソナがなぜか和製スーパーモデルとしてもてはやされ、『JJ』のシンボルだったのもこの頃である。矢野経済研究所の調べによれば、インポートものの高級衣料品や服飾雑貨(バッグや靴など)の小売市場は、バブル崩壊の影響で九〇年をピークに減少傾向にあったが、九四年からまた盛り返し、九六年には約一兆九〇〇〇億円という過去最高の数字を示す。もちろん、シャネラーたちの功績だ。